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2026.2.24【第1章公開】『AIのある外国語教育』

【第1章公開】『AIのある外国語教育』

水本 篤 著『AIのある外国語教育』 第1章 はじめに

 

1.1 背景:生成AIの登場と急速な普及

 2022年11月末に米国OpenAI社が公開した対話型AI「ChatGPT」は、公開からわずか2か月で1億人ものユーザーを獲得し、史上例を見ないスピードで世界中に普及しました。高品質な文章を即座に生成できるこのAIを誰もが無料で試せるようになったことで、教育界にも大きなインパクトが及んでいます。その後も各社から類似の生成AIサービスが次々と公開され、検索エンジンやオフィスソフトへの統合も進むなど、生成AIは瞬く間に社会全体に浸透しました。実際、2023年に入ると国内外の大学や教育機関、さらには日本の文部科学省も相次いで生成AIの活用に関するガイドラインを発表し始めました。生成AI (たとえばChatGPT) は教育現場、特に英語教育において、その在り方に大きな変革をもたらしつつあります。しかし同時に、学校で生成AIを活用することに対しては戸惑いや不安の声も少なくなく、教師をはじめ教育関係者の多くがその急激な登場に揺れているのが現状です。

 

1.2 生成AIの教育利用に関する懸念と可能性

 教師が感じる代表的な不安の一つは、「学習者がAI任せで楽をしてしまい、学力が伸びなくなるのではないか」という懸念です。たとえば「学習者がChatGPTのような生成AIで英文を書いてしまえば、書く力がつかないのではないか」「もはや作文課題を出してもAI任せで提出されてしまうのではないか」といった声が実際に聞かれます。また、ChatGPTが生成する英文は一見すると人間が書いたものと区別がつかないほど流暢であるため、提出された課題が本人の力によるものか判断しづらいという指摘もあります。さらに、ChatGPTのような生成AIはあくまで確率的に単語を並べて文章を作るモデルであるため、事実に反する内容をもっともらしく答えてしまうこともあります(いわゆる「ハルシネーション」と呼ばれる現象です)。このように回答の正確さや信頼性への不安も根強く、生成AIを安易に使えば学生の安直なコピペを助長したり、学習者が自分で考える機会を奪ってしまうのではないか、といった懸念はもっともと言えるでしょう。

 しかしながら、こうした不安がある一方で、生成AIを前向きに受け入れるべき理由も明確になりつつあります。ChatGPTのような生成AIは確かに万能ではないものの、教師や学習者を支える強力な補助ツールです。たとえば文章生成や翻訳、英文の文法チェックやフィードバック提供といったタスクでは、人間以上の速度と一定の正確さで処理できますが、一人ひとりの学習者に寄り添った指導や対話は人間の教師にしかできません。言い換えれば、教師の役割のすべてがAIに取って代わられるわけではなく、あくまでAIが得意とするルーティンワークを任せることで、教師は学習者との対話やきめ細かな指導といった人間にしかできない教育活動により専念できるようになります。

 ChatGPTの公開以降、世界中から多くの教育実践が報告され、その効果に関する研究結果も蓄積し始めています。たとえばYang and Li (2024) やLo et al. (2024) による複数の体系的なレビュー研究では、生成AI(ChatGPT)の外国語教育への応用について総合的に分析がなされており、学習成果や学習者の動機づけにポジティブな影響を与える可能性が示唆されています。一方で同じレビューの中では、生成AIの不適切な使用例や、学習者が感じる不安・過度の依存といった負の側面も指摘されています。重要なのは、こうした知見を踏まえてリスクを適切に管理しつつ恩恵を最大化することでしょう。総じて言えるのは、生成AIは使い方次第で強力な味方にもなり得るということです。

 さらに多くの有識者や教育機関も「生成AIを頭ごなしに禁止するのではなく、上手に活用すべきだ」という立場を打ち出しています。その一例として、関西大学が2023年4月に公表した声明 では、ChatGPTのような生成AIツールについて「教員の教育活動の質的向上や学生の学習効果向上に寄与する可能性」があるとする一方で「生成された情報の精度や信頼性、個人情報の取り扱いなどに課題」がある点にも言及し、適切な検証・評価の必要性と倫理的リテラシーの重要性を強調しています。そしてこの声明では、生成AIを教員や学生の成果物の代替とせず、むしろ「主体的な学習活動の本質を問い直す機会」と捉えて活用を検討すべきだとの方針が示されています。つまり、闇雲に恐れるのではなく正しく向き合おうというメッセージです。他の教育機関でも同様に、安易な禁止ではなく指導的立場からAIの利活用をリードしていくことが求められていると言えるでしょう。

 

1.3 外国語教育における生成AIの活用例

 では具体的に、外国語教育の現場では生成AIをどのように活用できるでしょうか。その答えは実に多岐にわたります。生成AIは言語に関するほとんどあらゆるタスクに対応可能で、「こんなこともできるかな?」と思うようなことの大半は実現できてしまいます。たとえば英語教育において、以下のような場面で活用が報告されています。

 

  • 教材準備 教科書の英文を簡潔に要約したり、難解な文章を易しい表現にパラフレーズして補助教材を作成できます。また、授業のトピックに関連した新しい読解用の英文テキストを自動生成することも可能です。
  • 評価問題の作成 小テストや定期試験で扱う英語の設問や長文問題を、生成AIに依頼して作成できます。出題のバリエーションを増やしたり、オリジナルの問題を素早く用意するのに役立ちます。
  • モデル回答の提示 スピーキングやライティングの課題に対して、手本となる模範解答例をAIが生成し、学習者に提示することができます。お手本を示すことで、学習者は回答のイメージをつかみやすくなります。
  • フィードバック 学習者が書いた英文を生成AIに添削させ、誤りの指摘や改善のアドバイスを即座に得ることができます。作文指導の際の言語面のフィードバック業務をAIが肩代わりし、教師は内容面の指導に専念できます。
  • 学習支援全般 ルーブリック(評価規準表) 作成の補助や、授業外での自習における質問対応など、教師の業務や学習者の学びを幅広くサポートすることも可能です。たとえば家庭学習で、学習者がChatGPTに質問して理解を深めるといった活用法も考えられます。

 

 要するに、生成AIは教師の創意工夫次第で授業デザインから教材開発、課題評価に至るまであらゆる場面に組み込むことが可能なのです。実際、大学の英語授業でChatGPTを積極的に組み込み、音声対話機能を使って学生のスピーキング練習に役立てるといった先進的な実践例も報告されています。従来は考えられなかった方法でAIを授業に取り入れることで、語学教育の形態そのものを変えるような試みが始まっているのです。

 

1.4 生成AI活用による利点

 生成AIを上手に取り入れることで得られるメリットは、まず教師の視点から見てみると、AIの活用によって授業準備や評価の負担軽減と、これまで難しかったきめ細かなサポートの実現という二つの大きな利点が得られます。

 一例を挙げると、試験問題の作成はこれまで教師一人で多大な時間をかけて工夫していた作業です。定期考査の出題では教科書の文章をそのまま使えないため、言い換えや別の素材を探す必要がありましたが、ChatGPTのような生成AIを使えば短時間で適切に文章を加工・生成できます。また多くの英語教師はこれまでALT (外国語指導助手) など英語母語話者の同僚に自作の英文をチェックしてもらうことがありましたが、ChatGPTであれば遠慮なく何度でも瞬時に英文の誤りを指摘・訂正してもらえます。つまり教材作成や文章校正の面で、AIは24時間相談できるパートナーのような役割を果たしてくれるのです。このように、生成AIの活用により授業準備や教材開発の負担を大幅に軽減しつつ、従来は手が回らなかった細やかなサポートまで実現できる点は教師にとって大きな魅力です。さらに、テストの採点業務への応用も期待できます。たとえば数千に及ぶ英作文をGPTに自動採点させた研究では、人間の採点結果と高い相関が得られたと報告されています。完全に人間と同じ精度とはいかないまでも、工夫次第で教師の評価作業を補助する実用的なツールとなり得ることが示唆されています。AIによる自動採点機能もうまく活用すれば、教師は評価に費やす時間を減らし、その分のエネルギーをより創造的な指導に向けることができるでしょう。

 次に学習者の視点で見た場合、生成AIの積極的な活用は以下のような多くの利点をもたらします。第一に、即時的なフィードバックを得られることです。従来、英作文の課題に対する訂正や講評は、提出後教師から返却されるまで数日かかるのが当たり前でした。それが生成AIを用いることで、書き終えたその場でフィードバックを受け取ることができます。たとえば学習者が自分の書いた英文をChatGPTに入力すれば、数秒で文法ミスの指摘や表現改善の提案が返ってきます。その場ですぐに間違いに気づき修正できるため、「書いてすぐ振り返る」サイクルを高速で回すことが可能になります。この即時フィードバックにより、従来よりも効率的かつ効果的にライティング力を伸ばすことが期待できます

 第二に、一人ひとりのレベルやニーズに合わせた個別最適化が可能なことです。ChatGPTは指示の与え方次第で、返答の文体や内容を自由に調整できます。たとえば難しい文法用語の使用を避けて平易な言葉で解説するよう指示すれば、初心者にも理解できるフィードバックを提供できます。また、もっと知りたいことが出てきたら追加で質問することも容易です。このように学習者ごとにカスタマイズされた支援を行える点は、画一的な教師からの指導では難しかった柔軟性をもたらします。初心者から上級者まで各自の課題や理解度に沿った学びが可能となり、自分のペースでステップアップしやすくなるでしょう。

 第三に、時間や場所を問わず好きなだけ練習できることも見逃せません。生成AIはインターネット環境さえあれば24時間いつでも利用できます。週末など教師の手が届かない時間帯でも、ChatGPTとの対話を通じて英語に触れることができます。たとえば夜に自宅で思いついた英文をChatGPTに投げかけてみて、 文法的に正しい言い方を確認するといった使い方もできます。教室の外でも好きな時に好きなだけ練習できるので、学習機会が飛躍的に拡大すると言えるでしょう。忙しい現代の学習者にとって、自分の都合に合わせて練習相手になってくれるAIの存在は大きな助けになります。

 第四に、学習意欲や自律性の向上につながる可能性があることです。ChatGPTとの対話そのものがゲーム感覚で楽しいと感じる学習者も多く、飽きずに練習を続けられるとの報告もあります。実際にChatGPTで英語コミュニケーションを繰り返すうちに「もっと色々なことを英語で表現してみたい」と積極性が増したり、自分から進んで英文を書いてみるようになる学習者も見られます。こうした楽しさに支えられた主体的な学びが促進されれば、最終的には学習者の動機づけ向上や自律学習の定着にも寄与し得るでしょう。

 

1.5 安心して活用するための環境づくり

 生成AIを教育現場に取り入れる際には、その使い方のルールづくりも欠かせません。教師と学習者の双方が安心してAIを活用するために、いくつかの前提や約束事を事前に共有しておく必要があります。

 まず大切なのは心理的安全性の確保です。授業にAIを導入するにあたっては、失敗を過度に恐れず試行錯誤できる雰囲気を整えることが重要だと指摘されています。実際にやってみるとうまくいかないこともあるでしょうが、それは当然のことです。生成AIから的外れな答えが返ってくる場合もありますが、教師も学習者もそれを糧に学ぶくらいの前向きさで臨むべきです。お互いに批判や嘲笑をしない安全でオープンな学習環境を用意すれば、生成AIの利点を皆で最大限に享受できます。言い換えれば、まずは「とにかく使ってみよう!」という姿勢が大切です。教師自身も最初は戸惑うかもしれませんが、肩の力を抜いて試してみることから始めましょう。最初はうまくいかなくても構いません。実際に生成AIに様々な問いかけを試す中で、その有用性と限界が具体的に見えてきますし、「どう使えば学びが深まるか」が徐々に実感できるはずです。教師自身がまず生成AIに触れてみて、「この場面なら使えそうだ」「ここは使わないほうがよい」といった判断ができる経験値を積むことが望ましいでしょう。そのためにも、校内研修や勉強会などで教師同士がお互いの活用事例を共有し合い、安心して挑戦できる文化を育むことが重要です。管理職や同僚のサポートの下、「失敗しても大丈夫」という空気があれば、より多くの教師が前向きに新しい技術に挑戦できるでしょう。

 加えて、AI利用のルールやガイドラインを明確に定めておくことも必要です。たとえば「課題にAIを使う際は出典や使用箇所を明示する」「AIから得た情報は必ず事実確認をする」「AIに任せきりにせず自分の言葉で書き直す」など、教師と学習者の間で最低限の約束事を決めておくと安心です。適切なルールを設けておけば、学習者も「どこまでが許容範囲か」を理解した上でAIを活用でき、教師も不安を減らせます。実際、仙台大学のAI教育研究チームが2024年7月に公表した調査では、生成AIを利用している高校生の約半数が「どの行為が不正に当たるか」を判断できておらず、大学生も含めた全体の64%がAIの出力結果のファクトチェック方法を知らないという結果が報告されています。こうしたデータからも、教師が最初にきちんと指導しないままAI利用だけが独り歩きしてしまうと、学習者は誤った使い方をしたりAIの回答を鵜呑みにしたりしかねないことがわかります。そうならないためにも、授業で生成AIを使う際には最初にルールを共有し、使い方の指針を明確に示すことが重要です。「AIの回答にも誤りがあり得る」こと、「安易なコピペ提出は不正行為である」ことなどをきちんと伝え、AIはあくまで学習を助けるパートナーであって提出物を自動で作ってくれる便利屋ではないと理解させる必要があります。教師自身がAIリテラシーを身につけ、学習者に対しても使い方・使わせ方を指南していくことで、初めて生成AIは安心して教育に取り入れられるものになるのです。

 

1.6 AI時代に求められる教師の役割と心構え

 最後に、AI時代において教育者に求められるのはAIとの共存・共栄という前向きな心構えです。生成AIはあくまで教育をサポートする新たなツールであり、決して教師の敵ではありません。確かに、文法の解説や作文の添削などは今後AIが肩代わりしてくれる場面が増えるかもしれません。しかし、学習者に寄り添った指導や人間同士の対話から生まれる学びは、これからも教師にしか提供できない貴重な価値です。英語力そのものだけでなく、効果的な教え方に関する知識や学習者とのコミュニケーション能力、異文化理解といった教師ならではのスキルは依然として重要であり、これらはAIには真似できません。たとえば、文法項目の説明と翻訳練習だけをする授業であればAIでも代替できるかもしれませんが、学習者の表情や反応を見て教え方を調整したり、個々の興味に合わせて話題を広げていくような臨機応変な指導は人間にしかできない芸当です。むしろAI時代だからこそ、教師にはそうした人間にしかできない役割がこれまで以上に求められていると言えます。実際、AIの台頭によって「教師の役割はこれまで以上に重要になる」との指摘もあります。生成AIが得意とする部分はAIに任せつつ、教師は人間ならではの強みをますます発揮していく必要があるでしょう

 これからの時代に求められるのは、そうした人間ならではの強みを磨きつつAIを上手に活用する柔軟性です。生成AIの可能性を正しく理解した上で適切にそれを取り入れ、学習者の力を最大限に引き出す、そんな専門性と柔軟性が教師には求められています。言い換えれば、AI時代においても教師自身が学び続け成長し続ける姿勢が不可欠だということです。AIの提案を批判的に評価し、必要に応じて軌道修正できる判断力も含め、教師の専門知識と指導力がこれまで以上に問われます。生成AIとの共存を図りながら、自らの知識や指導法をアップデートし続ける教師こそが、これからの教育を力強く支えていくのです。(私はこの例を出すときによく、 “survival of the fittest” [最適者生存] という表現を使います。)幸い、AIを活用しようと前向きに模索する教師自身の学習意欲こそが、次世代の教育イノベーションの原動力になるはずです。教師が変化を恐れずに学び続けていけば、学習者にもその姿勢が伝わり、AI時代にふさわしい新たな学びの文化が創られていくことでしょう。

 

1.7 本書のねらい

 本書では以上のような背景を踏まえ、生成AI時代における教師の役割と実践を具体的に考える手助けとなることを目的としています。急速に進化するChatGPTのような生成AIを目の当たりにし、どう対応すべきか不安を感じている先生方も多いでしょう。本書では最新動向や先行研究の知見を紹介しながら、教育現場で生成AIを活用する意義と具体的な方法をわかりやすく解説します。また、小学校から大学まで各段階の授業で役立つ指導アイデアを豊富に取り上げ、読者が明日から試せるヒントを提供します。

 特に、本書はAIに詳しくない先生方でも安心して手に取れる内容を目指しています。AIの専門知識や技術的な背景を深く知らなくても、具体的な指導法やすぐに実践できる事例を通して、気軽に生成AIの活用に取り組んでいただけるでしょう。たとえば、授業準備が忙しいと感じている先生、英語ライティング指導で個別指導を強化したい先生、研究活動や校務での効率化を求める先生など、日々の様々な課題を解決するための具体的なAI活用法を本書から得ていただければうれしいです。

 なお、本書はどの章から読んでいただいても問題ありません。関心のあるテーマや必要性の高い項目から順に読み進めていただくこともできます。ぜひ本書を通じて、先生方が生成AIを「怖いもの」ではなく「使えるもの」として前向きに捉え直し、外国語教育におけるAIとの共存・共栄に向けた第一歩を踏み出す一助となれば幸いです。新たなテクノロジーとの出会いは戸惑いも伴いますが、それを乗り越えて活用法を模索するプロセス自体が私たち教育者の学びでもあります。また、教師が新しいことに挑戦し、失敗も含めて試行錯誤する姿を学習者に見せることも、教育者として大切な姿勢であると私は考えています。本書の内容が、読者の皆様の授業実践や日々の指導に少しでも役立ち、未来の外国語教育を共に切り拓くための道標となれば著者としてこれ以上の喜びはありません。

 

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