松柏社

松柏社

図書出版の松柏社

ようこそゲストさん

ニュース詳細

2023.4.19板倉厳一郎 ♣︎ レポートを書くアダム── ChatGPT時代の英米文学

板倉厳一郎 ♣︎ レポートを書くアダム── ChatGPT時代の英米文学

Illustrated by Genichiro Itakura

 

✏ 文=板倉厳一郎

 

 大変なことになった。Deep-Lも衝撃だった[▶詳細]が、そのレベルではない。

 Open AI 社のChatGPTの登場とともに、英語圏では文章生成AIの可能性と危険性について様々な記事が公表された。知りもせずに批判するのは研究者としての矜持が許さないので、私もChatGPT 3.5を使ってみることにした。

 まずは自分が教えている授業の課題から始めよう。日本語でプロンプトを入れたが、たいしたものは出ない。授業に沿うように英語で指示してみた。格段によくなって驚くが、まだ誤読がある。それに加え、作中の文章を抜き出し、論拠として提示することができていない。著作権の都合で、私の専門である現代文学作品を「学んで」いないからだろうか。

 そこで、『ジェーン・エア』(1847)論を書かせてみた。『屋根裏の狂女』(1979)と主なフェミニスト批評を参照させ、ChatGPTをしばし「教育」する。エッセイを見て愕然とした。独創性はないがよくできている。学部生なら合格は間違いない。たちの悪いことに、これはオリジナルだ。文章生成AIは毎回新しい文章を作る。2023年4月現在の技術では、この種の剽窃を見抜くことができない。

 イアン・マキューアンの『恋するアダム』(2019)が頭をよぎった。AIアンドロイドのアダムは能弁にシェイクスピアについて語る。ChatGPTも文学作品を要約し、翻訳し、論じることができる。役割を与えるプロンプトを応用すれば、ChatGPTに個性(らしきもの)も与えられる。試しにハムレットになりきるよう指示し、『ロミオとジュリエット』(c1595)をどう思うか聞いてみた。回答に思わず吹き出した。だが、AIが個性的で優れた文章を書く日はそう遠くない。AIが創作し、翻訳し、書評を書き、学術誌の紙面を席巻するとき、人間の英米文学者に何ができるのだろう。真剣に考えなければならない。

 では、いま何をすればよいのか。大学教員にとっての急務は、言語生成AIを用いた不正行為を防止し、学生の学びの機会を確保することだ。この目的のために私がしたこと、これからすることを紹介し、締めくくりとしたい。

 

(1) 口頭発表については、口頭発表自体ではなく、その後の質疑応答をもとに評価する[▶詳細

(2) エッセイについては、論拠を具体的に挙げることを義務化する[▶詳細

(3) エッセイ提出後に口頭試問を課す[▶詳細

 

現時点で実施しているのは(1)と(2)であり、(3)は検討中である。より積極的な活用法としては、AIが示した回答を学生に検証させるのもいい[▶詳細]。異論もあるだろうが、拙文が議論の契機になってくれればと思う。

 

※この文章に示されている意見は著者個人のものであり、著者が所属するいかなる団体の見解でもない。

 

❐ PROFILE

1971年生まれ。関西大学文学部教授。京都大学大学院文学研究科修了、博士(文学)。専門は現代イギリス小説、ポストコロニアル文学。著書に『魔術師の遍歴──ジョン・ファウルズを読む』(松柏社)、『大学で読むハリー・ポッター』(松柏社)、『現代イギリス小説の「今」』(分担執筆、彩流社)、Narratives of Trauma in South Asian Literature(分担執筆、Routledge)、Fear, Anxiety, and Crisis in Europe(分担執筆、Routledge、近刊)など。

 

✮ この著者に関連する小社刊行物

『魔術師の遍歴:ジョン・ファウルズを読む』

『大学で読むハリー・ポッター』

Reading Contemporary Britain: 15 Critical Views of Culture and Society 

Reading Post-Brexit Britain